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様々なSNSの浸透に伴い、最近は名誉毀損に関するニュースを目にする機会が増えてきたように感じます。
特に今年に入ってからは、「ファンに対する名誉毀損」や「Vtuberに対する名誉毀損」など、名誉毀損の客体に関する興味深い裁判例がいくつか出ているようです(Vtuberについて統一的な公的定義はありませんが、本稿ではCGキャラクターを用いてネット上で動画投稿を行う配信者の総称とします)。
そこで本稿では、名誉毀損の客体(どのような表現によって誰に対する名誉毀損が成立しうるか)に関する議論を中心に、名誉毀損の成否について概観していきます。
おおよそ他人に対する悪口を示す言葉としては、侮辱、暴言、誹謗中傷・罵詈雑言等々様々な言葉がありますが、このうち名誉毀損に該当するのは、他人の社会的評価を害するような行為に限られます(なお、刑法上の名誉毀損罪については「事実の摘示」といった他の要件も存在しますが、紙幅の都合上本稿では割愛します)。
すなわち、単に誰かが公然と誰かの悪口を言ったというだけでは名誉毀損は成立せず、その悪口が不特定多数の人物の間に広まり、実際に悪口を言われた人の社会的評価が低下した場合に、初めて名誉毀損が成立するのです(なお、この「社会的評価の低下」をどう証明するのか、そもそも要件として必要かといった議論もありますが、割愛します)。
そして、この社会的評価の低下が要件となる以上、「実際に悪口を言われた人」が誰かという点を、不特定多数人が理解できるような状況でなければ、名誉毀損は成立しえないということになります。
例えば、「あの人が不倫しているなんて・・・」といった思わせぶりな記載にとどまるような内容であれば基本的に名誉毀損は成立しませんし、古典的な判例で言えば「東京市民」とか「九州人」といった漠然とした表示では名誉毀損は成立しないとされています。
ただし、はっきりと対象者の氏名が明示されなくとも、誰についての話がされているのか一定の人には分かるというような事例は存在しえます。
例えば、「この前完全試合をしたロッテの投手」とか「あの10万59歳の悪魔」と言われれば、大体の野球ファンや相撲ファンは誰のことを指しているか分かる、といった具合です。
そして、このような名誉毀損の客体をどこまで特定できるかといった点に関して最近話題となったのが、冒頭の2つの事例ということになります。
ファンに対する名誉毀損が問題となった裁判例(本年4月8日に原告の損害賠償請求を棄却する一審判決が下され、本稿執筆時点では確定しておりません)では、さるタレントの「脅迫めいた内容を送ってこられる方へ」「出禁対応します」「何度も警告しております」といったSNS上の記載から、不特定多数人がこの記載は誰に向けられたものか理解できるか、ということが争点の一つとなったようです。
このような書き込みでは、何の事情も知らない私の目からすれば誰の話をしているかは全く分からないのですが、例えばこのタレントが誰かを出禁にしたり何度も警告をしたりすることが非常に稀であり、かつこの出禁措置や警告を受けた人物が多数のファンの間で広く知られた人物であるといった事情があれば、先に挙げたロッテの投手と同じく、特定可能で名誉毀損の客体たり得るということになるのでしょう。
すなわち、同じような内容の記載であってもそれによって名誉毀損が成立し得るかは様々な周辺事情によって変わりうるということであり、場合によってはかなり判断が難しくなりそうです。
また、Vtuberに対する名誉毀損の成立を認めたとされる裁判例(こちらは名誉毀損を理由とする損害賠償請求ではなく、発信者情報開示請求という手続の中での判断という点にご留意下さい)をめぐる議論は、さらに問題が複雑になってきそうです。
このような事例では、上に挙げたような特定可能性の問題に加えて、キャラクターに対する中傷によってそれを演じる自然人に対する名誉毀損が成立しうるか、という問題も加わるからです。
いわゆる「中の人」の正体が広く知られていれば名誉毀損が成立しうるというのが分かりやすい結論ですが、全てそれで片付くかと言われると疑問が残ります。
多くの場合芸名を使用しているタレントとの比較で言えば、タレントに対する名誉毀損が成立することは争いがない一方で、架空のキャラクターを演じているという意味では、「中の人」が知られていないVtuberと一部タレントには連続性があるからです。
本名とはかけ離れたリングネームと外見で活動している一斗缶使いの女子ペイントレスラーはどうか、卓越したプロ意識で世を忍ぶ仮の姿たる自然人の素性を一切公にしない10万59歳の悪魔はどうかと考えていくと、Vtuberについてタレントと別に扱う理由があるかよく分からなくなってきます。
一人の自然人があるキャラクターを全うしていて、そのキャラクターに対する誹謗中傷によってそのキャラクターの社会的評価が低下するという点に変わりはないのですから。
やや話が脱線しましたが、Vtuberに対する名誉毀損については、当該Vtuberの具体的な活動の中身を考慮するとか、大手事務所に所属していて多数の事務所職員が中の人を把握しているといえるかを考慮するとか、様々な意見があるようです。
この点については表面化して間もない問題であり、今後の裁判例の集積を待つべしということになるのでしょう。
しかしながら、裁判例の集積などを待つ余裕もなく、まさにこの瞬間に名誉毀損を始めとする様々な法的トラブルに悩まされている方も多くいらっしゃいます。
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文責:池上